Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “梅雨の あめあめあめ”
 


時折、さぁっと打ち寄せるような音が立つ。
ほんの鼻先、濡れ縁の向こうに開けた庭で、
そこへ垂れ込めていた淡灰色の空気が、
勇ましくも波立ったような、
軽やかに泡立ったような、
そんな気配がして…ついつい注意を誘われる。

 「………。」

風が不意に撒き起こり、名もなき若木が青葉を鳴らしたか。
それとも、朝からそぼ降る霧雨が、その雨脚を強めたか。
草いきれの匂いさえ薄めるほどもの、
結構な雨がこの数日続いており、
これぞ いわゆる五月雨
(さみだれ)、梅雨(ばいう)

 『びゃいゆ?』

屈託なくもかっくりこと、小首を傾げた小さな坊やへ、
彼よりは大きいお兄さんである書生の瀬那くんが、

 『ばいう。』

舌っ足らずな言い回しを直してあげてから、

 『梅の雨。青梅が取れるころに降る雨だからそう言うんだよ?』

つややかに濡れた若葉はその色を増し、
遅れて萌え出したばかりな若葉と重なり合って、
その濃淡により、何とも言えぬ絶妙な 翠、緑、碧の群生となって、
人の眸と心持ちを和ませてくれもする。
空梅雨になっては夏場の水に困る、
苗を植えたばかりの田へもお湿りは必要なのだしと思えば、
湿っぽい日々が続いてしまっても、
まま仕方がないかと諦めもつくけれど。
分別盛りの大人はそうでも、
遊び盛りのお子様ではそうも行かなくて。

 『あめ、あめ、また雨。』

若草色の袴を履いた か細いあんよの、
小さな小さなお膝をよいちょと抱え込み。
つーまんなーいとお歌みたいな節つけて。
朝からのずっとを ぶうたれていたのは、
この館の一番のおチビさん、
仔ギツネ坊やの くうちゃんで。

 『お外行ったら めぇなの?』
 『う〜ん…。』

ホントはね、するんとした頬とか腕とかも、
ふわふか・もこもこの毛並みに温かく覆われてる子。
そろそろ夏毛に変わるとて、
寒いや冷たいには万全で強かろが、

 『あのな?
  野生のキツネでも、こんな日は巣に籠もっておるものぞ。』

何もわざわざ濡れにゆかずとも良かろうと、
お館様が“めぇ”と言ったので、
仕方がないからお出掛けは無し。
仕方がないから おウチ遊び。

 「ほぉら、行くよぉ?」
 「♪♪♪」

セナくんが加減をしつつ、ころころころっと転がすのは、
中に金の鈴が仕込まれている、竹細工の輪っぱ玉。
いい飴色になったのは、前の年にお館様から頂いたので、
それとは別に、丁度キツネ色と呼ばれるような明るい色合いの、
まだ新しいのが、いつの間にやら増えており。

 『ああ、あれな。
  こないだ どっかから帰って来たときにはもう持っていやったが。』

そうそう ぎゅうぎゅうに監視・監督しておる訳ではないからの、
どこでどうやって手に入れたやら…なぁんて、
お口ではそれなりの言いようをなされておいでだったお館様だが。
その口許とか、金茶の瞳を据えた目許とか、
“ふふふんvv”な〜んて、
どこか意味深な笑みに染めておいでだったりしたものだから、

 『…ほほぉ?』

あやや、それってもしかして?
鈴は本物、純粋
(むく)の金みたいで、
しゃららんちりりとそりゃあ涼しい良い音色。
そんな逸品を貢いだ“誰かさん”だとあって、
葉柱さんがまたまた余計な対抗心を燃やされそうな気配…というよな、
大人も可愛い皆様ぞろいであることよと、
そんなお顔をお見せになった一幕もあったりしたのだけれど。

 「ほ〜ら、くうちゃん。放りますよ?」
 「あいvv」

荒れ果てかけてたところからあばら家屋敷と呼んではいるが、
元は大層な権門がお屋敷だったというお宅であるだけに、
拵えの広さ大きさは相当なこの邸宅。
庭に面した広間なぞ、
かつてはどれほどの客人を集めたそれか、
奥向きに寝間を取っても
まだまだ有り余るくらい広々しているので。
濡れ縁に向いた一角の、
曇天でも少しは明るい辺りで書をお読みのお館様のお邪魔はせぬよう、
少し離れた辺りで遊ぼと。
小さいのが二人、渡り廊下の端っこで、
輪っぱ玉転がしに興じておいで。
セナが“そぉれ・ほぉれ”と優しく放るのを、
くうちゃんが“きゃいきゃいvv”とじゃれつきもって、
追っかけてっては捕まえて、
もっかい投げてと持って来るのの繰り返し。
キツネがわんこの親戚だってのがよくよく判るほど、
こんな他愛ない遊びなのに、
飽きもせぬまま“もっかいもっかいvv”を繰り返す坊やたちであり、

 ころころ・ちりちりり というのは、
 輪っぱ玉が床を転がる軽やかな響き。
 ぱたぱた・とたとたた というのは、
 それを“それっ”と追っかける くうちゃんの足音。

投げるよ投げるよとセナが構えると、

 「…♪」

お手々を床へつけ、身を伏せての四ツん這い。
少ぉしお尻を持ち上げるのは、
後足…もとえ、あんよへバネを溜めるためで。
いちにぃのさんって飛び出すの、
ワクワクと待つ、くうちゃんだったりし。

「そらっvv」
「きゃうvv」

やんわり放られ、ころころと転がってく編み編みの玉を、
とたとた待て待て、追っかけるくうちゃんは、
すぐに捕まえるのでは面白くないからと、
そりゃあ素早く駆け寄り、間合いの中へと玉を収めると、
なのに…手だけを伸ばしてちょちょいと突々いたり、
鼻の先っぽ近づけて、すんすんと匂いを嗅いでみたり。
獲物を相手のような素振りを、たまにして見せたりもする。
そうかと思えば、尖った鼻先で掬い上げ、
てんてんってお鼻やおでこで、
お手玉みたいに宙で何度も撥ねさせてみたり。

 ころころ・ちりちりり というのは、
 輪っぱ玉が床を転がる軽やかな響き。
 ぱたぱた・とたとたた というのは、
 それを“それっ”と追っかける くうちゃんの足音。
 そうして、そして、
 かしゃかしゃ・しゃしゃしゃというのは…

 「?」

あれ? 何の音だ?と、
お館様が怪訝そうに眉を寄せられ、
肩越しに和子らのいる方を見やってみれば、

 「おや…。」

よっぽど夢中になって追っかけたからか、
小袖と単
(ひとえ)の色襲(かさね)といういでたちだったくうちゃん、
いつの間にやら仔ギツネの姿のほうへと戻ってござる。
どうやら爪で板張りを引っ掻く音だったらしくって、
待て待て待てと夢中で追うあまり、
キツネに戻っての手からは爪が出て。
そのせいで尚更にすべって難儀をしているのが、
いかにも子供、蓄積の足らなさを見せていて愛らしい。

 「コケるなよ。」
 「あいvv」

まだまだ しなやか妖冶というにはほど遠い、
真ん丸お顔に、こちらも真ん丸なまま黒々と濡れたつぶらな目許。
さらさらした毛並みは黒い毛も混じった茶褐色で、
実は、撫でればすぐにも骨格に届くほどの痩せっぽちさんだが、
そしてそこもまた、可憐で可愛らしい魅力なのだが、

 「…っ、…っ、…っ。」

えいえいえいと、
先っぽだけ白い小さなお手々で玉を叩いている構図は、
わんこよりむしろ猫の方に似ているのかも。

 「〜〜〜。」

常日頃、元気が一番と仰せのお館様だけど、
今は何をかお調べのご様子。
あんまり騒ぐと“五月蝿いっ”て癇癪起こされるかもしれないぞ〜なんて、
ちょっぴり冷や冷やしちゃっていたらば、

  ―― どんっ、と

言わんこっちゃない、
床板強く踏み締めて、立ち上がられたお師匠様。

 “あやや、叱られる?”

さすがにセナくんは素早く気がついて、

 「や〜の、おんり〜。」

この姿になっても話せるか、
何すんの離してよぉ、降ろしてよぉと、
まだ輪っぱから注意が離れぬまんま、
事情も判らず身じろぎする仔ギツネさんを抱え、
どしよどしよと右往左往。
そこへと真っ直ぐ、すたすたすたと、
向かっておいでのお館様だったのだけれども…。






 「ほぉれ、取って来な。」
 「きゃうvv」


叱られるかと思いきや、
なんぼでも投げてやろうぞとにんまり笑うお館様で、

 「…何しとんじゃ、揃いも揃って。」

お仲間との顔合わせから戻って来られた蜥蜴の総帥様が、
怪訝そうに目許を眇めたほど、
ご自分までもが童に返り、
はしゃいでおられたお館様だったそうで。

 “…もしかして煮詰まってたとか。”

いやいや いやいや、
単に地味な調べものが退屈でおわしただけではなかろうか。
雨こんこんでも、楽しくお元気vv
相変わらずのお屋敷であるようでございますvv





   〜Fine〜  08.6.22.


  *雨催いの日々は、
   蒸すかと思や うっかりしてると肌寒くなってたり。
   そうかと思えば、
   ちょこっと体を動かしただけで汗がだらだら流れ出したり。
   体感温度調節がなかなかに面倒だったりしますよね?
   風邪などお召しにならぬよに、皆様どうかご自愛のほどを。

  めーるふぉーむvv ぽちっとなvv

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